(追記 - 1/20、「戦争のマクロ」を追加)
...つまんなかったよ。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1203132.html
痛いニュース(ノ∀`):ガンダム00の水島監督「ネット上の"脊髄反射的なアンチ"が制作側のモチベーションを下げている」
実際のところ、一億総ブロガー化(うそん)がささやかれて久しい昨今の情勢において、健全な批評空間とはいかにあるべきかという議論を通じずっと終わらぬ争いを繰り広げるまさに千年戦争下なわけでさ。特に制作側と観客側の不信感はときとして結局南極大冒険のクレバスを思わせるほどの大きな口をあけているわけで。
まあ何にしても、先日見たこの記事がきっかけになって、はたしてこの水島氏がえらそうに講説を垂れるほどの作品を世に問うているのか、興味が湧いてきたのだった。
で一通り見流した上でこの議論に入ろうとしたけどうーん、だめだこりゃ。
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20081219/p1
ソレスタルビーイングの動機が分からないなぁ - 物語三昧〜できればより深く物語を楽しむために
http://www.tsphinx.net/manken/dens/dens0090.html#529
#529{ガンダム00}チャット ソレスタル・ビーングの征く道 - 電視の部屋
http://d.hatena.ne.jp/stonedlove/20081215/1229309351
『ガンダム00』には情緒がない。まるでケータイ小説のようだ。 - stonedloveの日記
既に上がっているいくつかの重要な指摘にあるように、この作品には「マクロ」の観点が無い。4つの軸について着目して述べる。
1. 歴史観のマクロ
まずオハナシのマクロな歴史観が分からない。あの世界の「9割方は平和」で「ゆるやかな統合」に向かっている。それを拙速に「武力介入」しようとするその姿勢が、率直に言って理解できないし、またソレスタルビーイング(CB)ないしはイオリア・シュヘンベルグの目的、別にすぐにさらけ出す必要は無いけれどもそれを不必要に勿体ぶりすぎて、逆にオハナシへの没入感を台無しにしている。むしろ、各キャラクタもその目的・大義がCB参加のきっかけのはずなのに、その話になると途端に思考停止を始める。うーん。ほんとにただのカルト集団じゃないかよ、これって。
2. 世界情勢のマクロ
マクロ的観点のおかしさは、世界情勢においてもそうだ。「太陽光発電紛争」関連の筋はその最たる例で、石油の輸出をできなくするためには、それを輸入する側にも何か見返りを与えないといけないわけでさ。いきなり禁輸政策とって、泥かぶるのが輸出する側だけなわけないじゃないですか。輸入する側の立場はどうなるの?ってこと。
300年後、どれだけ非ガソリンの自動車や非石油由来の原料が普及してるか知る由もないけど、もし仮にそれらが先進国だけの間での普及であるならば、新興国や発展途上国の間にも同じように対石油依存から脱却できるよう政策を両輪で進めていかなければいけないし、太陽光発電をすぐには導入できないであろう新興国や発展途上国等、石油依存の大きい国や地域だって反対に回る可能性は極めて高いよ。中東だけがハブられるとかちょっと考えにくい。
逆にえーガソリン自動車なんて許されるのは小学生まで(AAryなんて情勢になっていれば、強引に禁輸などさせんでも買ってくれる奴がそもそも居ないわけで、ほっときゃ石油資源は誰も使わなくなるんですよ。そこでドンパチ起こすリスクまで掛けて無茶苦茶な決議をさせる理由はどこにもない。そうでなくても今ですら石油枯渇後の産業育成に熱心な彼らのこと、300年もすれば何かしら別の着地点が出てきますってば。
3. 人物像のマクロ
それと、主人公刹那も謎。断片的な描写しか無く、人物像を浮かび上がらせる「マクロ視点」が見えてこない。まずそもそもなぜ、KPSAの組織は子供らを取り込むのに洗脳までする必要があったのか。しかもそれが母親殺しであった理由は何なのか。あれだけ「神の御前に〜」「神に捧げる〜」というような宗教的言辞がふんだんにある空間であれば、どこにでもいる純真な子供ならば普通にそれらを真に受けて純一戦士に染まり上がり、戦場に身を投じたり爆弾を抱いて市中に飛び出したりしてしまうのではないのか。洗脳なんかよりそっちの方が怖い。
それに、なぜ刹那だけが一話冒頭「この世界に神は居ない」というほとんど脱洗脳状態にあったのか、その描写が全然無い。0ガンダム襲来前の時点ですでにこの台詞なのだ。青白赤のトリコロールとGN粒子に心打たれて以来ガンダム万歳ガンダム小僧です、っていうタマじゃないんだよ? このままだと、刹那だけが洗脳が解けた特別な状態であったと考える合理的な理由って多分無くて、そこにいた子供らはみんな気付いてた、みんな「神は居ない」と思ってた、なんてなことになりかねない。...いやむしろ、ほんとにそうなんじゃないかな。そこにたまたまリボンズの目に留まった。刹那であるが故に選ばれたのではなく、選ばれたが故に刹那である、と。うーん。どーんなもんかなあ。
4. 戦争のマクロ
ついでに言うと、「戦争におけるマクロ」も無いんだよね。「戦術予報士」というこの作品を代表するjargonが全てを物語っているけども、ここで言う「戦術」はより上位の「戦略」(もっと言えばさらにその上位には「政治」が存在するわけだけど)を無視して成立している節がある。スメラギの「戦争を抑止できないならせめて戦術予報の能力で早期解決を〜」、うんうん、ご高説はすばらしいんだけどね、今のCBの活躍は「ガンダム」4機という超越的兵器を用意できた「戦略的優越」に依って立つものばかりなんですけどね。
いや別に、作品で作品世界のすべてを記述できる訳は無いのですから、描写しにくい「戦略」をどうにかしろという訳ではないですけど、スメラギの台詞ではむしろその戦略について考えることを否定、ないし停止するところから入ってるわけなんですよね。それはさすがに苦しいと思いますよ。
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物語前史にしろ、世界情勢にしろ、人物像にしろ、すべてにおいて「マクロ」の視点がない。マクロが無いから、オハナシの都合でとってつけたような設定やエピソードをごたごたと無計画に積み上げてしまっている。絹江がラグナ・ハーヴェイの話を聞きつけて突撃するに至るまでなんかご都合主義の極致だし。俺は水戸黄門を見てたのかくらいの勢い。
「GN粒子」や「300年後」といった舞台装置が、オハナシを活かすために働くのではなく、オハナシ作りを楽にするための万能薬のような使われ方になっているので、少しでもストーリーを追おうとするとその適当さ加減に頭を抱えてしまう。さらにそれらの適当に撒かれた設定が、物語の進行に伴ってこんどは設定同士で喧嘩を始める。「矛盾を描く」ために置いた設定が「矛盾」しだすっていうのかな。あんだけ量産型ガンダムばらまいてがんばったアレハンドロは2期への渡りであっというまに小物化するし、あんだけたくさんキャラクタ出して対立描いてもキャラが死ぬのは大抵アリー・アル・サーシェスの仕事によってだし(苦笑)。ぐんにょり展開も随所でずんどこ炸裂しまくっとります。まあ、脊髄反射的にというか愉快犯的に叩きに回る勢力もあるにはあるのだろうけれども、それを別にしてもまずはちゃんとしたオハナシを組み立ててからだと思いますよ、水島さん。ほんとに一体このオハナシをどうケリつけたいのさ。
結論としては、「ガンダム」の名が云々以前に作品として微妙なモノを放り出してしまったのに、それに直面しないうちに批判の声をあまりにナイーブに受け止めようとしてしまったがために、とってつけた一般論を振りかざして目下の個別論に対しては煙幕を張るさすがですねスメラギさん(違)という状況なだけなんですよ。ここを起点に建設的な評論や文芸論が広がっていけるかどうかは、ちょっとうーん、どぉーなんでしょぉー(S.Nagashima)的スクラム状態なんです。まいったなこりゃ。
それでもまあ言えることとしたら、さっき痛いニュースコメントやブクマコメントを見返してて気になった水島擁護派の微妙な伸張に対してかな。これまた作品自体は見ずに「叩き行為へのアンチ」として脊髄反射的に参加してるのも少なからず居るようで、これまたどうなんだろうなー、と。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1203132.html
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まあ、見た上で「おもしろいよ」って評価するのはそれはそれで構わないんすよ。せっかく監督が「見ないで反論するなボケ」って言ってるんだから、擁護派も否定派も、一度是非見てみてはどうかと思うよ。いや。ほんと率直に。