前回のエントリの訂正(→エントリ末に移動)
問題はコード進行ではない
J2氏の言うようにコード進行そのものではなく「実際に聴いたときの感覚がポイント」なのであれば、問題を「王道パターン」として一つ高位に上げメタ階層化し、その構成要素のひとつとしてコード進行を置いてそこから議論を始めるべきではないかと思います。
この点をまず明確に踏まえた上で、本「王道進行」論について、以下の懸念があります。
- 適用基準の曖昧さがもたらす弊害
- 「王道進行」というレッテル貼り
- 定量的評価の必要性
以下、個別に述べます。
適用基準の曖昧さがもたらす弊害 —何についての「王道」なのか?
J2氏の話を聞く限り、2小節目以降のコードにはあまり大きな意味は無く、サブドミナントに始まり、トニック代理コード(=I以外)にたどり着く進行であれば「王道進行」になりうるということになります。元記事、特に動画全体を使って展開された検証作業では、[IV-V-IIIm-VIm]について述べられていたにも関わらず、前のエントリによってこの「王道進行」とは「サブドミナントから開始」されていればVが省略されていたとしても適用可能で、ほぼ全ての進行が含まれうることが分かりました。本件は連載の第1回とのことなので、連載の後続記事で明らかにされる話題を先取りしてしまったのかもしれませんが、それにしてもこの曖昧さに少なからぬ危惧を感じます。
コード(進行)の解釈は元々多様性を持つもので、氏が言うようにサウンド上のコードを厳密には定義できない場合が多いことも理解しているつもりです。しかし、ただでさえ解釈が一つにとどまらないことの多いコード進行の評価に、さらに曖昧な網を掛けて用いることの合理的な有効性が、今ひとつピンと来ません。多様性の余地を残さずどのような解釈をしようとも全て「王道進行」論に組み入れようとする試みに見えます。
コード進行のパターンは元来限られており、いくつかの定石パターンとその派生系という形で多くは分類できます。「王道進行」という定義を広げすぎるあまり、進行パターンをひとからげにしすぎ、派生系を求めることで得たはずの非王道的効果や演出を無にしかねないと危惧します。逆の立場から、「王道進行」は厳格に定義した上でコードの省略や代理コードの使用などによって、いかに「王道」的パターンから外したり、打ち消したりしているかなどを論じた方が、より有効なのではないかと考えます。
また曖昧さのために「この曲は果たして『王道進行』なのか」を客観的に定義できず、各人の感覚に任されることとなれば、聴き手の間でお互いの主観をたたかわせるための議論の土台となることができないことになります。健全な評論活動をもたらすのは適切な評論土台の共有がなされることです。予め狭義の「王道進行」を定義しそこから新規性を打ち出すための試みを評価するのではなく、広義かつぼんやりとした枠で「王道進行」の網を広げ、そこから抜け出そうとするあらゆる試みを評価できず、無効化させることになります。そのような批評空間が、果たして健全と言えるでしょうか。
「王道進行」というレッテル貼り
そしてより懸念されるのは、同種の、サブドミナントコードから始まるコード進行をみな「王道進行」として、(J2氏の意図に必ずしも沿わない形で)ネガティブなタグ付けが横行することです。私も当該エントリや動画を注意深く読み終えるまでは、本件で論じられている本当の問題、陳腐性への指摘の核心にたどり着くまでが大変でした。論旨も大変重要な問題提起であるにも関わらず、刺激的なタイトル付けやコード進行の検証で満足してしまうことから、これを見た/読んだ人々の核心への理解が阻害される可能性が非常に高いと思います。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.virtual-pop.com/music/2008/10/jpop.html
はてなブックマーク - JPOPサウンドの核心部分が、実は1つのコード進行で出来ていた、という話 - 音極道 Music Hacks
J2氏はこの現象を「J-POPが新規性を追求する動きを失ったことによる」ものと位置づけていますが、今回のタグ付けによって動かされたリスナーたちが、「『王道進行』というネガティブなタグ付けをもって」安易に評価し、「『王道進行』のある曲」=「陳腐なもの」として片付けてしまう危険性は無いでしょうか。「パクリ騒動」で不幸な関係に陥りつつある制作側と受け手・批評側の間に、また新たな火種を持ち込むことになるのではないかと危惧せずにはおれません。
定量的評価の必要性 —本当に多いのか?本当に増えたのか?
最後の一点は、「王道進行」に乗っ取った曲が一体本当にどれだけあるのか、という数量的検証が無い点です。条件を満たしうる楽曲が十分多いということは理解しておりますし、それを否定するものではありませんが、それ以上にJ-POP全体の楽曲発表数も莫大な数があります。その中から対象となる曲がどのくらいを占めるのかを論じて進める必要があるのでないでしょうか(そのためには、前節までに述べたように「王道進行の再定義」を進めてからだと思いますが)。
さらにもし可能であれば、指摘のあった過去30年間のヒットチャートを時系列で整理し、「王道進行」を用いた曲が何曲あって、時系列上でどのような変遷をたどっているかまでを含めて論じられればと思います。筆者の論じるように、ユーロビート等外的要因によってもたらされた「王道進行」なのであれば、その普及してゆく様子が時代を追って見ることができるはずです。
(→)前回のエントリの訂正
前回のエントリ修正版として。その後何度か聞き直してみたが、1-2両小節ベース音が変わらないという点ばかりに気をとられていてそもそも採音自体が間違っていたかも、という罠が発覚。うはー。いかんねー。
で、1-2小節でのベース音はE、すなわちIVではなくVなのではないかと。これ以上は断言する訳ではなく可能性の一つとして言いたいのですが、実際の進行は↓のようにトニックとその代理コード主体でベースがごにょごにょ動いてるだけな気もします。
| - | A on E(I on V) | / | C#m(IIIm) | F#m(VIm) |
|---|---|---|---|---|
| (きみが) | だいすーき、あの | ぉーうみべよりも | だいすーき、あま | ぁーいチョコよりも |
| 早熟 | |
![]() | 岡村靖幸 清水信之 西平彰 エピックレコードジャパン 1990-03-21 売り上げランキング : 47217 おすすめ平均 ![]() 「初めての岡村靖幸」としてオススメ 若い人にこそ聴いて欲しい名作 なんなんだこれは!Amazonで詳しく見る by G-Tools |
追記: 今回参考に追加して聞いたのがライブ版。オリジナルと編曲変えてあるはずなので根拠にすることはできないが、ベース音のもしかしたらの違いに気付くきっかけになったバージョンhttp://jp.youtube.com/watch?v=CpNrUQYEgDc
YouTube - 岡村靖幸 だいすきベースはEじゃね?っつってるのはあくまでオリジナル版からの解釈です。
ただ、前回から分かった通り自分の音感にも自信がない状態なので絶対の自信をもって断言することはしません。いやん。学生時代ならまだよかったかも知れんけどずいぶん経っちもうたでねえ。


「初めての岡村靖幸」としてオススメ
うーん、J-POPって何でしょうね?
「エイベックスの…」とかいう人もいるけど
スカパラとかpillowsとかDMBQとか渋さ知らズとか?
音楽好きとしては、いろんな曲がきけて
いい時代だと思ってます。
>sasahiraさん
そうですねえ。「エイベックスの...」と一口に言えるようでも、
あの会社のカバー範囲の案外に広いことに改めて驚かされます。
そして自分のカバー範囲の狭さにも改めて(以下略 ><
いい時代ですよね!
こんにちわ!ごんです。
岡村さんの「だいすき」のサビのコード進行ですが
今ようつべ聞きながらピアノ弾いて確認してみましたが、
Dmaj9(またはA/D?) - E/D - C#m7 - F#m7
だと思われます。(シンセストリングスのモジュレーションが強い&モノラルでわかりずらいけど、1小節目と2小節目でボイシング特に3度と5度が変わっているのがなんとなくわかります)
最初の2小節のベース音はEではなくDのペダルで、上がA-Eのトライアドが動いてるっぽいです。
出だしのメロディラインのミ・ファ・ソにサブドミナント(の、メジャー9thから導かれるアッパーストラクチャートライアド)をあてているのが特徴的なのかな?と思いました。当時の曲ってこういうのよくあった気がする、確かに。
ソースはこれです↓スタジオ録音版のPVかな?へぼたいや。
http://jp.youtube.com/watch?v=yI8oa3HFlCA
>ごんさん
ありがとうございます。(_ _)
まずごんさんのような本職に教えてもらえばよかったかと思うくらい
今回の聴音はへこたれました。^^;;
うーん、でもあれ、やっぱりDなのかー、ライブ版だからコード変えるなんて
ありふれたことだけど、やっぱりこんがらがってきたぞー>< (爆)