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2007年10月24日

今週の若狭塗箸製作所はぼんぼんだけがアレかも知らんけど

この会社は馬鹿しかいないんだろうか。本気で心配になってきた。馬鹿に馬鹿言うたら失礼なんやろうが

http://www.atmarkit.co.jp/fwin2k/itpropower/admin-kun/096/adminkun096.html
がんばれ!アドミンくん 第96話 - @IT

そもそも話の前提がまずはっきりしない。

「メール」の大きさが表すのは何か?

もし仮に「=時間」であれば比較そのものに意味がなくて、総面積=総仕事時間が少ないはずの左の方が最後のコマで「仕事した」と認識していること自体がおかしい。表題の「タイムマネジメント」云々以前に「もっと働け」の話じゃないか。ま、時間だけが大事なわけではないけれど。

「メールの大きさ」は共有されてないの?

「メールの大きさ」が時間以外の何か、例えば「重要度」だったとしてそれが共有されているなら、双方がお互いの総処理量を比較することができる。比較=共有した上でなお描かれているような感想が出ているのならば「両方とも」馬鹿だし、できてないのであればまずそれをしろよという話になる。

しかし、本当に共有できるだろうか?

共有できない価値とは一体どんなものだろうか。例えば中々芽が出ない芸人の恋人が「俺(私)だけはあなたを認める」と言う時でさえ、字義通り「俺(私)=認める側」だけではなく、「あなた=認められる側」との間でも価値の共有がなされることが前提となる。言い換えるならば「私が『あなたという価値』を信じるのだからあなたもそれを信じよ」だ。

さらに、共有できないものを可視化しても意味がない。左の心の中ではアイコンはそれぞれ倍の大きさだったら、もしくは図上の大小が逆転していたらどうなるんだ。あるいは右の心の中では大を過大評価しすぎてはいないか。

ネタにすべきはこのように「共有しがたい何か」であり、この共有しがたさを前提に比較を打ったところで無茶が通って道理が引っ込むだけじゃないか。「仕事量・仕事価値の定量化」は非常に難しくかつ神経質な問題である。会社ごと個人ごとに評価軸や尺度が異なる現状を如何に乗り越えていくかがLifeHackやTimeHack:-)なんじゃないか。

まあ、右のように「仕事量の割に仕事してない感」を社員に植えつけた方が、昇給を抑えてこき使いやすいってことなのかもしれませんが。ほほーそうですかそうですか。

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