本人に直接面識があったということもなく、
ちらと何度かその姿を見たことくらいはあったにしろ、
ただつながりのある研究室にかつて籍を置き、
そこでいろいろ話を(ほぼ伝聞で)聞いていたという程度でしかなく。
私なんかがこのことをとりあげていいのやらという気もするわけだが、
それでも驚きと悲しみが込み上げてくる。
より近しい人々の反応はいかばかりか。
そんな、つながりがほぼ無いに等しい自分にとってもまちがいなくあこがれのひとであり、
自分のしてきたこととこれからなしうることを思い、
途方に暮れながらも、何かせずには、言わずには居れないこの焦燥。
当時、おそらく挨拶もすればできただろう。名を覚えてもらうくらいはできたろう。
しかしそこに踏み出せなかったのは、それに足るだけの何かを自分が果たして積んできただろうかと
せずともよい自問自責を重ねすぎてしまったからかもしれない。
それもあたわぬうちに大学を出、社会人に身を換えて重ねた日々の末に現れた一個の帰結。
いつかどこかで…、なんて思ってた節はどこかにあった。
研究の道からもうずいぶん離れてしまったし、普通に考えておいそれとかなう話ではないんだけれど。
そうであっても。
http://www.wide.ad.jp/news/press/20071031-itojun-j.html
WIDE : Press Release : 訃報:萩野純一郎氏
今はただ、ご冥福をお祈りいたします。
