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2006年11月 6日
もう見るはずのなかった「功名が辻」
…なのだけれど、最近にしてはめずらしく?日曜日午後8時に家にいてzappingしてたら観てしまったよ。
山内一豊が関ヶ原の合戦において前線面での活躍がさして無いことは問題でないはずなのに、無理にそこを見せ場として持ち上げてしまったことで却って煮え切らなくなってしまってはなかったかいのう? まあ、合戦シーン自体は意外に(と言っては失礼か)そこそこまとまって作れていた、のではないかな。ただし、ちょっと気になってぐぐった限りの知識で言っても、彼の生涯を描くのに必ずしも「天下分け目の関ヶ原」は謳い文句にならないのですよね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/関ヶ原の戦い
関ヶ原の戦い - Wikipedia
ましてやこの配置図からすると、導入部で「毛利・吉川への抑えとして」最前線を張った一豊…のように触れていた箇所は(その機能が全く無かったとは言わないまでも)むしろ池田輝政だったわけで、ここは細かくツッコミを入れまくるよりは、ああでもないこうでもないと張り巡らせたテコ入れの痕を侘び寂びに似たようなものとしてむしろ感じ取るべきなのではないだろうか、とオチをつけてみることにした。
脚本側としてはもしかしたら合戦自体はどうでもよくて、むしろできることなら無視したかったんじゃないのか、NHKが色々と策動して関ヶ原で1回大きな花火を打ち上げたかったのではないか、なんてことを思わず詮索したりもしてしまったよ。
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